大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)489号 決定

抗告人

株式会社三清商会

右代表者

清水知行

右代理人

木宮高彦

外二名

相手方

日本ステンレス工業株式会社

右代表者

橋場藤次郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二よつて按ずるに、本件記録によれば、相手方を原告、抗告人を被告とする東京地方裁判所昭和五二年(手ワ)第三六七〇号約束手形金請求事件の手形判決において、抗告人は、昭和五三年三月三日、相手方に対し金三九八万円及びこれに対する昭和五一年一一月三〇日から右支払済みに至るまで、年六分の割合による金員の支払をなすべき旨の仮執行宣言付き判決の言渡しを受けたこと、抗告人は右手形判決に対し異議を申し立てると共に、これによる同裁判所昭和五三年(ワ)第七〇一三〇号事件に付随して右手形判決に基づく強制執行停止を申し立て、これによる同裁判所同年(モ)第七〇四二八号事件につき同裁判所のなした金二二〇万円の保証決定に基づき、同年三月七日東京法務局に対し、同年金第一七四七七三号をもつて右金額の金員を供託して保証(以下「原審保証」という。)を立てたうえ、同裁判所から右手形異議訴訟の本案判決あるまで、右手形判決の強制執行を停止する旨の決定を受けたこと、しかるところ抗告人は、右手形異議訴訟につき、昭和五六年三月二五日右手形判決の一部(金三四二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年一一月三〇日から右支払済まで、年六分の割合による金員の支払いを命ずる部分)認可及びその余の部分の請求棄却の判決言渡しを受けたので、その敗訴部分につき東京高等裁判所に控訴すると共に、右控訴による同裁判所昭和五六年(ネ)第七五三号事件に付随して原判決の強制執行停止を申し立てたところ、これによる同裁判所昭和五六年(ウ)第二七七号事件において、同裁判所は、同年四月一日抗告人が金一七〇万円の保証を立てることを条件に、本案控訴事件の判決があるまで、その執行を停止する旨の決定をしたので、抗告人はこれに基づき同月二日東京法務局に対し、同年金第六二八号をもつて右金額の金員を供託して保証(以下「控訴審保証」という。)を立てたことが認められる。

ところで控訴審がなす、保証を立てることを条件として仮執行宣言付原判決の強制執行を本案控訴事件の判決があるまで停止する旨の決定は、所定の保証を立てたうえ当該決定の正本を執行機関に提出したときから控訴審において本案の判決がなされるまでの間、当該仮執行宣言付原判決に基づく強制執行を停止する趣旨のものであるから、かかる強制執行停止決定における保証は、その金額の多寡に拘らず、相手方が右の間、当該仮執行宣言付原判決に基づく強制執行を停止されることによつて被ることあるべき損害を担保し、かつそれのみを担保するものと解するのが相当である。

従つて、これと異なる見解に立つて、抗告人が控訴審保証を立てた以上原審保証につき担保の事由が止んだものとする抗告人の主張は採用することができない。

よつて原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを失当として棄却し、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(宮崎富哉 高野耕一 相良甲子彦)

〔抗告の理由〕

一 原決定は、昭和五六年四月一日付東京高裁の強制執行停止決定(昭和五六年(ウ)第二七七号)の命じた保証が、第一審における異議訴訟期間中の損害をも担保する趣旨のものであると断ずることはできないというべきであると判示し、三つの理由を掲げている。

二 そこで、本件高裁決定の命じた担保の趣旨がいかなるものであるかについて、原決定の判示に即して、批判・検討し、これを明らかにすることとする。

(一) 「高裁決定には、その命じた保証により担保されるべき損害の範囲についての明示がない」とする点について

確かに、高裁決定には、原決定が指摘する通り、担保されるべき損害の範囲についての記載はない。しかし、これは、現在の東京高裁の裁判実務として「強制執行停止決定書」が様式化され、保証金額等を除いて不動文字で印刷されている文書を用いているという極めて形式的な理由にすぎない。この事由にたつ限り、それはいずれとも判断しうることであつて、これをもつて、高裁決定の命じた保証が第一審の損害をも担保する趣旨のものでないと断ずることができないことは余りに明白である。むしろ、一般には、「上級審が立保証を命ずる段階において、たとえば、『原決定において供した保証のほか』というような表現を加えて、上級審の命じた保証がその審級限りのものであることを明らかにし、事後の混乱を防ぐ工夫をすることが望ましい」(近藤完爾著「執行関係訴訟〔全訂版〕」六二七頁注四)と提言されている程であつて、むしろ、高裁決定に「第一審における損害を担保しない」という明示がない限り、第一審の損害をも担保する趣旨であるとみる方がより自然であり、正当であると思料されるのである。

原決定は、かかる裁判実務を十分知悉されているに拘らず、右のような形式的な書式上の問題(これは当事者の主張とは無関係の、裁判所の事務処理の能率化の問題である)を敢て採り上げ、何れにも判断できることを、一方的に判示の根拠とすることは許されないものと信ずる。

(二) 「異議訴訟の判決において認可された金額は、付帯部分をも合算した場合、地裁並びに高裁決定が命じた各保証金額の合算額を上廻る」とする点について

原判決のこの判示は、当代理人らの主張(上申書二記載部分)に対する反論というべきものであるが、これもまた、左記の理由により、高裁決定の命じた保証が第一審における損害を担保する趣旨ではないとする理由とはなりえないものである。

いうまでもなく、上告、控訴に伴う強制執行の停止(民訴法五一一条〜五一二条の二)にいう保証とは、本来、執行停止により生ずべき損害、換言すれば、強制執行の停止等と因果関係のある損害を担保するものであることは、〓に冗言を弄するまでもなく明らかであつて、執行の基本となる債権、又はその遅延利息の支払にあてられるものではないのである(大審決定大正一五年三月三日五巻一〇九頁。前掲著六二四頁参照)。さればこそ、その担保されるべき額は、一般に必ずしも多額ではないとされることは勿論(注解強制執行法総則六四頁)、さらには、担保権者たる債権者がその権利を実行するためには、相手方による執行停止が故意又は過失に基くものであること、損害が発生したこと等を証明しなければならないとされている所以でもある(前掲著六二五頁)。

かかる保証の性質に鑑みるとき、原決定の如く、本件各保証金額の合計額と元本及び遅延利息の合計額とを比較し、後者が前者を上廻るとする事由が、原決定の何らの理由とならないことは、余りにも明白である。

一般に、保証金額は、強制執行停止決定申立の理由の有無、即ち、当該事件の控訴審における勝訴の見込みの蓋然性および控訴理由の有無が検討され、その結果として当該事案に具体的に妥当する保証金額が決定されるというべきものであり、このことは、民訴法五一一条〜五一二条の二の各規定が「保証ヲ立テシメズシテ」強制執行の停止をなすことを許容していることからも明白である。

さらには、本件の場合の如き強制執行の停止は、民訴法五一二条の二によれば、「原判決の取消又は変更の原因となるべき事情につき疎明ありたるときに限」つてなされるのであるから、当然、右疎明の程度によつて、保証金額に差異を生ずることは当然の道理というべきである。

因みに、本件につき、右疎明が十分であつたかどうかを案ずるに、本件強制執行停止決定申立書によつて明らかなように、原判決には、理由不備ないしは理由齟齬の違法、採証法則の違法等が存すること極めて明白である。

それ故に、右決定担当裁判官も、当代理人と面接した折にも、右申立の理由につき詳細な説明を求め、まことに綿密なご検討をされた上で、金一七〇万円という保証金額を決定されたのである。

(三) 「仮執行宣言を付した手形金請求事件の判決に対する強制執行停止決定については、認容額の全額ないしそれに近い額の保証金の供託を命ずることもあり得ないではない」とする点について

原決定のこの理由は、右(二)の理由を補足しようとするものと考えられるが、これはあくまで「あり得ないことではない」ということであつて、それが例外の範疇にあることは、〓に喋々するまでもない。とくに本件の場合は、既に詳述したところから明らかなように、当代理人らによる「十分な疎明」に基づいて、高裁決定がなされたものであり、このような抽象的・例外的な事例の存することを以て、判示の理由とすることは到底正当とは考えられない。

以上要するに、原決定は、いずれも普遍性のない理論を以て、高裁決定の命じた保証が第一審における損害をも担保する趣旨のものと断ずることはできないとしているものであつて、正当な理由とならないばかりでなく、公正・衡平の観点からすれば取消されるべきものであると断ずるほかない。

三 最後に、原決定が取消されるべきであるとする当代理人らの理論的根拠を明確にしておくこととする。

まず、上級審の停止命令において命じた担保は、第一審における執行停止によつて生じた損害、その他債権者に生ずることあるべき損害の金額を担保せしめる趣旨であつて、上級審の停止命令が発せられた後に生ずることあるべき損害のみに限局せられるべきではないということである。

このことは、

(1) 下級審において命ずる担保は、下級審において本案の判決を言渡すまで存続するものであつて、これは、当該決定自体から明白であること、

(2) 本件保証によつて担保されるべき債権は、前述の通り、執行停止によつて本案判決があるまでに生ずることあるべき損害賠償請求権であるので、ここでの担保権者の権利は、民法上でいう、一定期間に発生することあるべき債権を担保する根抵当権に擬することができる(民法三九八条の二、三九八条の六)。すなわち、根抵当権設定者は、根抵当権確定時において被担保債権が存在しなければ、当然その担保の消滅を主張請求できるのと全く同様に考えられること、

(3) 本件保証金に関する担保権者(被抗告人)において、本件担保取消によつて、もし損害を被ることがあるというのであれば、担保取消決定に対する即時抗告という法的手段が与えられており、この手続によつて、第一審が命じた保証の必要性を証明すれば足りると考えられること、

(4) 仮に、担保権者が、執行停止による損害が発生しているのに、右即時抗告の手続をとらないのならば、それは担保権を放棄したものと解されること、

(5) 裁判は、いうまでもなく、下級審・上級審を通じ、実体法上同一の請求権(訴訟物)の存否を確定する手続であつて、本件でいう停止は、右一個の請求権の仮執行の停止に外ならないと観念されるから、右停止決定がなされる時点において生じている、若しくは、生ずることあるべき損害を考慮して、保証金額を定めればよいと考えられること、

等の事由により、理論的にも、また実務上にも合理性を有していると思料する。

ところが、従来、学説・判例とも、強制執行の停止によつて、特に金銭の支払を求める請求権の執行停止によつて、いかなる損害が発生するかについての検討が怠りにされ、そのため、理論上は、右停止によつて生ずる損害を担保するといいながら、実際上は、基本たる債権の最終的満足をはからしめる担保の意味で保証金額を決定されており、本質を見誤つた運用がなされているような印象を禁じ得ない。そのため、本件の如き零細な抗告人に対しては、著しい経済的不利益をしいる結果を招来することになつているということはまことに遺憾である。

よつて、抗告の趣旨記載の決定を求めるものである。

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